診療科目MEDICAL

インスリン点眼による緑内障治療のセオリー

自然科学を学ぶ科学者の端くれとして、日常は臨床医として生涯学習をさせてもらっている。臨床医としては、社会ニーズを捉えながら一生涯勉強をしなければならない職業として自覚して生きてきた。生体の新しい発見が日々更新されるため、10年前、20年前の知識では患者さんにベネフィットは与えられない。臨床医として37年間、知識と経験を毎日更新してきた結果として「視神経再生医療」が見えてきた。これまでの神経保護という消極的な治療ではなく、視神経再生という手応えを感じている。

ヒトの寿命は最長でも120歳である。その延長・延命をこの療法は考慮していない。加齢にはいま現在も抵抗できないからだ。しかし、老化には抗うことができる。すなわち、健康寿命の延長・延命という意味である。細胞を、やさしく、労わる生活をし、適度に正しいストレスを与える必要がある。良いストレスとは、例えば骨に適当な加圧がなければ丈夫ではいられないということに近い。精神的には、喜び、悲しみになる。食品や栄養素も怖いものだ。健康な時に摂取するのと、病気の時に摂取するのとでは生体内での利用の仕方や、細胞間でのシグナル(情報交換)伝達が変化する。真逆の作用すら起こることがある。私は緑内障性視神経症の網膜神経節細胞(retinal ganglion cell :RGC)の細胞体が死滅する前段階の視神経軸索変性を止めることと、樹状突起の伸長・再生・縮小予防の意味での再生医療を目標、目的としている。細胞を活性化させるということは、一筋縄ではいかない。神経細胞だけを活性化するのは技術的に容易ではない。生体内は二律背反、ブレーキとアクセルでバランスがとられているからだ。この病気には有益だが、別の病気を助長・発症してしまうことが起こるということだ。

緑内障は慢性疾患である。私の感覚では超慢性疾患という認識で、生涯にわたる治療が必要な疾患だ。薬剤の選択において最も重要な基準は、長期間継続できる薬剤、すなわち、副作用が限りなく小さく、さらには重篤な作用が起こり難い薬剤が第一候補となる。新型コロナウイルスによる肺炎治療も同様だが、特効薬が存在しない場合、既存薬で作用効果のある薬剤を模索し、選択する必要がある。その薬剤は歴史が長く、すでに様々な効果や副作用を経験している薬剤が好まれる。

インスリンが緑内障の視力・視野を回復させる。変性、死滅していく視神経を修復し、末期緑内障の失明を防ぐのだ。インスリンが緑内障の予防治療・初期治療・維持回復治療にもつながるのだ。緑内障を発症していない健康者には視神経線維減少に歯止めをかける可能性も窺える。ヒトは生まれた0歳の時に約100万本の視神経線維を与えられるが、年齢を重ねるごとにその数は減少し、100歳になる頃には視神経線維の数は半分の50万本になる。これは病気とは無関係の加齢による衰えだ。ここに視神経線維を衰弱させる基礎疾患や危険因子が加わると、減少速度は加速する。

インスリンは1921年にカナダのトロント大学で発見され、この100年のあいだ血糖値を下げる治療として世界中で使われ、多くの命を救ってきた。糖尿病は、膵臓から分泌されるインスリンが減少するか、またはインスリンの働きが低下して血糖値を下げられなくなった状態(インスリン抵抗性)が出現し、高血糖が続く病気である。インスリン注射は本来、膵臓でつくられ分泌されるインスリンホルモンを体外から注射で補う治療法である。食事によって血糖値が上がるとその変化を膵臓が素早くキャッチし、すぐにインスリンを分泌する。糖が全身の細胞に到達すると、インスリンの働きにより細胞に糖を取り込ませ、エネルギーとして利用させたり蓄えさせたりする。さらにタンパク質を合成し、細胞の増殖を促す作用もある。緑内障インスリン点眼治療は、このタンパク質合成作用と細胞増殖作用を視神経細胞に応用するものだ。

これまでの研究は、視神経細胞損傷のまだ健康な視神経細胞を守り保護するか、損傷をうけた視神経細胞を如何にして広めないようにするか、という視点での神経損傷プロセスやその前後の反応機序を研究・解明するものが多かった。その研究内容を参考に、私は視神経損傷の視神経修復過程に着目した。

視神経細胞が損傷を受けると、損傷部位から中枢の脳側(眼球とは反対方向)に向かって変性が進行する。この時期に軸索やシナプス、樹状突起スパインを再生することができれば、視覚機能すなわち、視力・視野を回復させることが可能になる。視神経細胞が損傷されるといっても緑内障の場合、ほとんどは緩徐な進行であり、外傷や急性炎症による損傷ではない。この時期のRGCの状態は、樹状突起の収縮で、この収縮期間中はRGCの細胞本体はまだ正常であることが分かっている。樹状突起の収縮とシナプスの破壊は、いくつかの神経変性の初期兆候である。よってこの時期に視力・視野を回復させることが可能になるのだ。

樹状突起とは、視覚情報の出力側である軸索から情報を受け取るアンテナである。この樹状突起が収縮・萎縮する現象は、視神経がアポトーシスシグナルの視覚的な危機サインとなる。このタイミングで点眼によるインスリン投与を行なうと、樹状突起とシナプスを再生できる。この時、視神経を再生し網膜機能(視力・視野)を維持するだけに留まらず、網膜機能を回復させることができる。つまり、変性して死にかけたRGCを再生し、視力・視野を回復させることができるということだ。樹状突起の再成長とRGCの生存で網膜機能を救済するのだ。インスリンがどうして、薬剤が到達困難な中枢神経に作用できるのか? 私たちの体は生体としての恒常性を維持するために重要な臓器である脳と眼を外敵や異物(毒物や薬)から守る必要があるため、中枢神経系内で血液と神経実質および脳脊髄液を分離するバリアである血液脳関門(blood brain barrier:BBB)がある。BBBは脳内への物質輸送を制限する関所のような存在で、関門の構造は、大分子の細胞間透過性を減らす細胞間タイトジャンクションによって決められており、脳の恒常性を維持するBBBによって必要な薬物までもが脳内への輸送をブロックされるのである。しかし、インスリンやトランスフェリン等は、BBBの実体である脳血管内皮細胞上の受容体を介して血液中から脳内へと輸送されるため、視神経を再生させるために非常に頼りになる薬剤というわけだ。ここで再確認だが、私が治療で実践しているのは注射剤ではなく、点眼剤として使用している。糖尿病ではない人がインスリンを局所に適用されても毒性は検出されない。

インスリンはBBBを通過して脳内に輸送される。脳でのインスリン抵抗性は記憶に重要な海馬などで神経機能の低下や神経変性を引き起こす。脳内の低インスリン状態は、インスリンの神経保護的作用を減弱させ、神経可塑性作用にも障害を与える。このことは視神経にも同様であると考えている。糖尿病とアツルハイマー病との関連性が明らかになってきたことから、アルツハイマー病は「第三の糖尿病」であるという意見もある。そのため、脳のインスリン作用を高めることが認知機能の改善につながると期待されている。しかし、全身のインスリン投与は高インスリン血症や低血糖をきたすこともあり、アルツハイマー病の治療において副作用になるため適さない。そこで、脳で選択的にインスリン作用を高めて神経機能を適正にする方法として、インスリンの鼻腔内(経鼻・点鼻)投与が注目されている。鼻腔内には投与された物質が血液を経由せずに脳脊髄液あるいは脳に直接移行するルート(nose to brain経路)があることが古くから知られていた。経鼻投与することでインスリンが脳内に移行して、認知機能障害の進行抑制を示したという報告がある。インスリンはアルツハイマー病の原因として知られるアミロイドβオリゴマーの神経細胞への結合を阻害することや、神経細胞でのインスリン受容体の細胞内移行、酸化ストレス増加、さらにシナプスの減少や可塑性障害などの様々なアルツハイマー病の病態を改善することが分かった。これらの報告から、臨床試験において軽度の副作用以外、重篤な副作用は報告されていない。経鼻で問題ないのだから、点眼も大丈夫であろうという安易な選択ではない。経角膜、経結膜、経強膜および経線維柱帯のそれぞれの細胞を相互に連結しているギャップ結合(gap junction)の存在によって多くの活性成分が不透過性にされる。しかしインスリンはそれを克服する。そのため、点眼によるインスリンの網膜神経節細胞や篩状板への直接的作用は、経鼻同様に大きく効果が期待される治療として私は実践している。

インスリン点眼の有益性

インスリンがどのように神経変性疾患である緑内障に有益性をもたらすのか? インスリンシグナル経路に触れながら各論について解説したい。インスリンは細胞膜上に存在するインスリン受容体と結合し、様々な生理活性を発現する。この受容体を起点として、セカンドメッセンジャー(サイクリックAMP ; CAMP、イノシトール3リン酸 ; IP3、カルシウムイオン ; Ca2+、一酸化窒素 ; NOなど)や酵素などにより媒介され、細胞内に刺激を与える一連の連鎖反応(シグナルカスケード)が引き起こされて、細胞の機能変化や遺伝子の転写を調節し、最終的に細胞全体の何らかの変化につながる。肝臓においてはグリコーゲン合成の亢進や分解の抑制、糖新生の抑制作用、筋肉においてはブドウ糖の取り込みの亢進とグリコーゲン合成の亢進作用、脂肪細胞においてはブドウ糖の取り込みの亢進と脂肪分解の抑制作用を発現し、強力な血糖値の低下をもたらす。また、細胞の増殖、分化促進や遺伝子の発現制御、アポトーシスの抑制などの増殖作用にもつながる。

インスリン様活性(insulin-like activity ; ILA)はインスリンやインスリン様成長因子(insulin-like growth factor ; IGF)により誘導される生理活性の総称で、いろいろな細胞外因子や生理状態によって調節され、以下のような生命現象に関与している。

① 細胞増殖(正常な発生、発達・成長、成熟)

② 抗アポトーシス(細胞死の抑制)

③ エネルギーの代謝や栄養脳恒常性

インスリンとIGFはともに単鎖のポリペプチドで、一次構造に高い相同性を有している。IGFには、IGF-IとIIの2つの分子種が存在し、IGF-Iは一生を通して産生が維持され、IGF-Ⅱは胎児期に最も高い。しかし、インスリンとIGFでは、産生・分泌の制御、血中動態、受容体などには、異なる点も多い。インスリンに比べIGFの血中半減期は長く濃度も高い。また血中濃度もインスリンの10分に対し、IGF-Ⅰは12~15時間、IGF-Ⅱは15時間と長い。インスリンは膵臓で産生され、おもに糖やアミノ酸などの基質刺激に応答して一過性に分泌される。これに対してIGFは肝臓をはじめとする広範な組織で生合成される。分泌は成長ホルモン・インスリンなどのホルモン刺激、十分なカロリー・タンパク質を含む食事を摂取した良い栄養状態などで高レベルに維持される。また、がんの合併などでも増加する。体液中でインスリンは遊離型なのに対して、IGFは6種類のIGF結合タンパク質 (IGF binding protein ; IGFBP) と結合して存在する。そして最終的にインスリンとIGFは、それぞれインスリン受容体、IGF受容体に結合する。受容体が内蔵しているチロシンキナーゼの活性化を起点として、細胞内シグナル伝達経路を介し、広範な活性を発現する。その生理活性は、インスリン代謝シグナル経路活性が強い(糖、アミノ酸の取り込み促進、グリコーゲン合成・脂質合成の促進、糖新生の抑制)。これに対してIGFは、細胞増進・成長シグナル経路の活性が強い(細胞増殖・分化の誘導、細胞死の抑制、細胞運動の促進、RNA合成・タンパク質合成の促進)。これらの性質は、細胞の運命を決定するような作用が特徴である。だが、インスリンもIGFも結合する受容体は複数あり、特異的かつ厳密ではない。また、シグナル伝達の下流因子も重複するので、インスリンとIGFの影響は厳密に二分することはできず、双方は連携すらしている。インスリンはIGF-Ⅰを増加させ、高濃度のIGFはインスリン受容体を介してインスリン活性を発揮する。インスリンとIGFは単独作用と連携作用を組み合わせ、私たちの生命維持に必要な同化作用を維持している。同化作用は生命維持代謝の根源であり、単純な物質(低分子化物質)をATPエネルギーを利用して複雑な物質(高分子化物質)を生成してくれる重要な作用だ。

インスリン様活性と神経変性疾患

IGF-Ⅰは神経保護因子の一つとして考えられている。様々な神経疾患の治療を目的としたIGF-Iの利用が提案され、これまでに臨床試験も行われてきた。一連の基礎研究や臨床試験の結果、IGF-Iは広範な神経保護効果が示されたが、十分な効果を発揮するかは神経細胞に伝わるIGFシグナルの強さによって決まることが分かっている。

神経変性疾患の発症機序は様々だが、IGFが細胞の周りに十分にあっても生理活性が発揮できない状態の「IGF抵抗性」によって引き起こされる。その原因の一つが「酸化ストレス」である。酸化ストレスの原因物質である活性酸素(reactive oxygen species ; ROS)は、正常な範囲では種々の代謝反応を調節し、体内の免疫機能や感染防御の重要な役割を担っている。ところが、ROSの産生と除去のバランスが破綻し過剰なROSが蓄積すると、酸化によって細胞が障害される。この過剰な酸化ストレスは、脳虚血やアルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症など、神経変性疾患における神経損傷に関与している。このことは、酸化ストレスによって様々な組織で「インスリン抵抗性」が誘導されるように、神経細胞のIGF-Iシグナルにも同様の抵抗性が起こる可能性を意味している。神経細胞においてROSが、環境ストレスや炎症性サイトカインによって活性化されるp38 MAPK(分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ)の活性化を介してIGF-IRによるIRS(インスリン受容体基質)のチロシンリン酸化を減弱させ、同時に転写因子FOXO3( forkhead transcription factor O3a)の活性化を誘導する(IGFはFOXOの転写活性を抑制する)。つまり、過剰な酸化ストレスがIGF-I抵抗性を誘導し、神経細胞がダメージを受けやすくなっているということだ。

細胞の成長、増殖、分化、寿命に関与する遺伝子の発現を調節する転写因子であるFOXOタンパク質が細胞核で活性化していると、増殖を妨げる遺伝子の発現を増やす。つまり、アポトーシス(細胞死)が助長される。このため、FOXOが核から締め出されると、過剰な細胞増殖が起こるため、腫瘍の増殖(発がん)につながる可能性がある。細胞増殖因子で細胞を刺激するとシグナル伝達経路が活性化し、キナーゼであるAktのリン酸化が誘導され、最終的にFOXO1、FOXO3a、FOXO4がリン酸化する。その結果、FOXOファミリーが細胞質に局在化することで細胞増殖が起きる。FOXOが細胞核内に局在するとアポトーシスとなり、FOXOが細胞質内(核外)に局在すると細胞増殖となる。

過剰な酸化ストレスはIGF抵抗性を引き起こし、IGF-Ⅰ効果の低減(細胞増殖因子の低減)となり、FOXOが細胞増殖阻害因子を活性化さるため細胞はアポトーシスする。すなわち神経細胞死につながる。しかしながら脳神経系アストロサイトでは、過剰な酸化ストレスによってIGFシグナルが促進され、未知のシステムによって神経保護作用を増強し、アポトーシスを抑制するという、逆のことが起きていることが分かっている。神経細胞だけではなくアストロサイトもIGF-Ⅰに対する応答制御するという安全機構を備えて、生体の恒常性維持に必要な神経を守っているのだろうか。

ここまで述べてきたように、ILA(インスリン様活性)の増強は、神経変性疾患の治療や予防に有効であると同時に、細胞のがん化を促進させることが見えてきた。ここがインスリン点眼の肝なのである。緑内障による失明を防いで、発がん・がん転移が起きてしまうような一利一害の治療では、患者は安心して治療を受けることはできない。

インスリンとインスリン様成長因子(IGF)の生理活性

インスリン

培養細胞内

  1. 細胞増殖誘導
  2. RNA合成促進
  3. タンパク質合成促進
  4. タンパク質分解抑制
  5. 糖・アミノ酸の膜透過促進
  6. グリコーゲン合成促進
  7. 脂肪合成促進
  8. 糖新生抑制

in vivo内

  1. 成長促進
  2. 同化促進
  3. 血糖下降
インスリン様成長因子(IGF)

培養細胞内

  1. 細胞増殖誘導
  2. 細胞死抑制
  3. 細胞分化誘導
  4. 細胞機能維持
  5. RNA合成促進
  6. タンパク質合成促進
  7. タンパク質分解抑制
  8. 細胞運動促進
  9. 糖・アミノ酸の膜透過促進
  10. 細胞がん化誘導

in vivo内

  1. 神経細胞保護
  2. 成長促進
  3. 細胞増殖促進
  4. 赤血球産生促進
  5. 同化促進
  6. 血糖下降
  7. 創傷治癒
  8. 免疫増強
  9. 腎血流増加・腎細胞保護
  10. 骨形成促進
  11. 子宮内発育促進

インスリンとIGF両者の生理活性作用は厳密に二分することはできず、その時々の条件で作用状況は常に変化する。表内の作用がインスリン点眼によってもたらされ、網膜神経節細胞・篩状板組織・視神経に対して極めて有益な作用があることが分かる